持続点眼装置

持続点眼装置

馬の眼の疾患で、もっともよく目にするのが「創傷性角膜炎(角膜潰瘍)」です。
 
これは眼を擦ったり、砂が入るなどして角膜に傷がつくことで起こります。
 
多くの場合、抗菌薬や血清点眼の投与により回復するのですが、基本的には1日に6回以上もの点眼が必要となります。
 
しかし点眼を嫌がる馬の場合、決められた回数の投与が困難となり、それが原因で悪化する場合もあります。
 
 
 
今回はそんな症例です。
 
元々地方競馬場にいた馬だったのですが、点眼をかなり嫌がるため治療が困難となり、悪化。
 
ライジングで治療に集中することになりました。
 
 

 
これが入厩して数日後の写真。
 
この時点で、発症から約1ヶ月は経過しているとのことでした。
 
これまでにどのような薬を点眼しているかは不明(馬の移動に伴い、治療歴などの申し送りがうまくいかないことはよくあります)。
 
なだめながら瞼を触るくらいは可能ですが、点眼は頭を振って拒絶します。流涙・目脂が多く、眼瞼痙攣もみられます。
 
明らかに眼が痛そうな様子です。
 
 
おそらく角膜は融解しており、肉芽がかなり盛っています。角膜混濁のため眼球の内部構造も把握できません。
 
 
点眼が難しいため、持続点眼装置を装着することにしました。
 
 
 

 

 
装着後の様子がこちら。
 
眼瞼にチューブを貫通させています。チューブは眼瞼の下、角膜の表面に開口しており、チューブの反対側から点眼液を注入すれば、馬が嫌がって首を振っても、確実に点眼することができます。
 
瞼を貫通させるとなると、かなり痛みが伴いそうですが
 
しっかり鎮静をかけ、局所麻酔(神経ブロックと点眼麻酔)を行えば、立位でも装着が可能です。
 
これにより格段に点眼がしやすくなりました。
 
 
 
今回用いた点眼液は、血清点眼液とアトロピンです。
 
血清点眼液については以前ブログで述べましたが、アトロピンには毛様体筋を麻痺させる効果があります。
 
これにより炎症に伴う縮瞳を抑え、虹彩が癒着してしまうのを防ぎます。
 
 
 
約1週間後の状態。

 
角膜の混濁がクリアになってきました。肉芽も最初に比べると縮んできたようです。
 
毎日、ひたすら点眼します。
 
 
 
更に1週間後の状態。
 

 
角膜の混濁が少し広がったようにも見えます。
 
ただし、流涙や目脂はかなり少なく、ほぼ見られなくなりました。
 
眼の開きも改善しています。肉芽も薄くなってきているため、もう少し継続。
 
また、角膜に傷が見られないことから(フローレス染色で確認します)、消炎剤(ステロイド点眼液)も併用することにしました。
 
 
 
更に1か月後の状態。
 

 
 
明らかに良化しています。眼の開きは健康な左側とほぼ変わりありません。
 
ただし、虹彩顆粒や瞳孔が、全く観察できません。
 
威嚇反射も全く無いわけではありませんが、左側に比べると明らかに弱いです。
 
失明はしていませんが、視力は落ちていると思われます。
 
 
 
数日後の状態。
 

 
内眼角(目頭の方)に、黒い色素のようなものがみられます。眼の内部ではなく、角膜表面にあるようです。
 
刺激によって発症する「色素性角膜炎」を疑ったのですが、痛みなどの炎症を示す徴候は他にまったく見られません。
 
このような症例では、角膜に色素が生じることはたまにあるようです。
 
 
 
この馬は現在も点眼は継続中です。
 
治療において重要なことの一つは、ゴールをどこに設定するか、ということ。
 
 
瘢痕が完全に消えることは、おそらく無いと思われます。
 
競走馬は、中央競馬の場合、競走馬登録をした後であれば、片眼を失明していても平地競走での出走は可能です。
 
地方競馬でも、走行に危険が無ければ出走できます。
 
おそらくこの馬は、投薬の効果がみられなくなり、眼の状態が安定した時点で治療を終了し、元いた競馬場に戻ると思われます。
 
 
 
ちなみに、持続点眼装置を装着した馬は、段々と点眼には慣れてくるものらしいのですが、
 
この馬は現在も全く慣れず、点眼の度に立ち上がり、大暴れしています。
 
ライジングのスタッフが、命がけで?日々治療してくれています。
 
普段はおとなしい馬なのですが、この様子を見る限り、点眼装置を使わなければまともに治療もできなかっただろうな、と思います。
 
この装置を発明した人に、ただただ感謝です。
 
 
 
 
 

 
 
この世の全ての箱はメッシのためにあります。
 
 
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